大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成8年(ワ)25554号 判決

原告

株式会社アーテック

右代表者代表取締役

原俊夫

右訴訟代理人弁護士

原田進安

尾崎行正

服部明人

野嶋慎一郎

上杉雅央

飯塚孝徳

被告

田中恒雄

田中はるい

右両名訴訟代理人弁護士

平井嘉春

主文

一  被告らは、被告田中恒雄が原告から金六五〇〇万円の支払を受けるのと引換えに、原告に対し、別紙物件目録(二)記載の建物を収去して同目録(一)記載の土地を明け渡せ。

二  被告田中恒雄は、原告に対し、平成九年一月一一日から第一項の土地明渡済みまで一か月金四万二九〇一円の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

五  この判決は、主文第二項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

1  被告らは、原告に対し、別紙物件目録(二)記載の建物を収去して同目録(一)記載の土地を明け渡せ。

2  被告田中恒雄は、原告に対し、平成九年一月一一日から第一項の土地明渡済みまで一か月金八万一〇〇〇円の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

第二  事案の概要

一  本件は、土地の所有者兼賃貸人である原告が、賃借人である被告田中恒雄及び同人の妻で地上建物の共同所有者である被告田中はるいに対し、期間満了による賃貸借契約の終了を理由に、建物収去土地明渡し及び訴状送達の日の翌日から明渡済みまでの賃料相当損害金の支払を求めた事案であり、主な争点は、期間満了後の使用継続に対する異議に借地法四条一項所定の正当事由があるか否かである。

二  争いのない事実

1  原告は、その所有する別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)を、昭和五一年九月一五日、被告田中恒雄(以下「被告恒雄」という。)に対し、普通建物所有目的、期間は昭和五一年九月一六日から平成八年九月一五日まで二〇年間、賃料は月額一万二八八〇円の約定で賃貸し(以下「本件賃貸借」という。)、賃料はその後改定されて月額三万一八二〇円となった。

2  被告らは、本件土地上に別紙物件目録(二)記載の建物(以下「本件建物」という。)を共有し、本件土地を占有している。

3  原告は、被告恒雄に対して、本件賃貸借契約の期間満了前に、平成七年一一月二日到達の内容証明郵便で更新拒絶の意思表示をするとともに、平成八年一〇月一日到達の内容証明郵便で、期間満了後の被告恒雄の本件土地の使用継続に対して遅滞なく異議を述べた。

三  争点

1  正当事由の存否

(原告の主張)

本件異議には次のような正当事由が存在する。

(一) 原告側の自己使用の必要性

原告は、本件土地を含む別紙物件目録(三)記載の約九〇〇〇平方メートルに及ぶ一団の土地(以下「原告所有地」という。)を所有しているが、同土地は約六〇に細分化され、小さな木造建物が乱雑に建築され、借地人、借家人が居住していた。原告は、訴外住友不動産株式会社と共同して原告所有地を再開発し、賃貸事務所及び賃貸住宅用の高層ビルを建築する計画を立てた(以下、原告及び住友不動産を「原告ら」という。)。

なお、港区は、共同化事業(優良再開発建築物整備事業)の推進を呼びかけ、平成三年三月には、「芝三丁目地区整備ガイドプラン(案)」を作成し、その中でも、原告所有地は業務・都市型ゾーンに指定され、住宅と業務が複合するような有効な土地利用を行なうことが要請されている。原告らの前記再開発は正に公共的な要請といえる。

その後、住友不動産は、賃借人と立退交渉を行ない、被告恒雄を除くその余の賃借人との間では、平成六年までに土地建物の明渡しの合意を得たが、原告所有地の中心部にある本件土地の明渡交渉が難航したため、原告らは、とりあえず本件土地を除外して、原告所有地の東側と西側に二棟の建物を建築することにし、平成八年七月九日港区に対して開発許可申請を行い、同年一一月一四日に開発許可処分がされた(以下「本件開発行為」という。)。

しかし、本件開発行為においては、本件土地及びそれに通ずる幅員四メートルの道路部分を開発区域から除外しているため、公開空地、ピロティ、駐輪場などの配置につき大幅な制約を余儀なくされている。

そして、住友不動産は、本件土地の明渡しが得られれば、計画変更のために、すぐにでも変更許可及び増築申請を行なう意思が存在する。すなわち、原告らは、現在においても、本件土地を含んだ一体開発の計画を有するのであって、正当事由(本件土地の自己使用の必要性)が失われたわけではない。

(二) 被告ら側の事情

本件建物は昭和三五年一二月一日に建築されたものであるが、すでに築後約三五年を経過して老朽化し遠からず再築が必要となるものである。また、被告らは、本件建物以外にも港区三田〈番地略〉所在の建物(以下「三田建物」という。)を所有しており、被告らの生活の基盤は三田建物にある。したがって、被告らが本件土地を明け渡すことになっても生活基盤が覆されることにはならない。

(三) 原告は、被告恒雄に対し、立退料として、六五〇〇万円又はこれを大幅に超えない範囲内で裁判所が相当と認める金員を提供する用意がある。

(被告らの主張)

原告らは、本件土地を除外して開発許可を受けたのであるから、原告らが本件土地を使用する必要性は消滅したというべきである。また、原告らの開発計画は原告らの経済的利益を追求するものであり、公共性はない。他方、被告らは本件建物に居住しており、自己使用の必要性がある。

したがって、本件異議に正当事由はない。

2  本件土地の賃料相当損害金の額

(原告の主張)

本件賃貸借の賃料は、極めて低額であり、原告は被告恒雄に対し、平成六年八月二九日付文書で平成六年九月分から賃料月額七万五〇〇〇円への増額を請求をし、平成七年一一月一日付文書で平成七年一一月分から賃料月額八万一〇〇〇円への増額を請求した。したがって、本件土地の相当賃料は月額八万一〇〇〇円である。

(被告らの主張)

争う。

第三  争点に対する判断

一  争点1(正当事由の存否)について

1  証拠(甲七、八、九の1ないし7、一〇、一二の1、2、一七、一八の1ないし5、一九の1ないし5、二〇ないし二二、二四ないし二七、三二、三三、三五ないし三七、三九の1ないし6、乙一、二四、二六、二八、三〇、三七、証人伊藤公二、被告田中恒雄本人)によれば、次のとおり認められる。

(一) 原告所有地は、都営線芝公園駅から約二五〇メートル、都営線三田駅から約五五〇メートル、JR線田町駅から約八〇〇メートルの距離に位置する約九〇〇〇平方メートルの一団の土地であり、商業地域、近隣商業地域に指定されている。港区は、共同化事業(優良再開発建築物整備事業)の推進を呼びかけ、平成三年三月には、「芝三丁目地区整備ガイドプラン(案)」を作成しているが、その中でも、原告所有地は業務・都市型ゾーンに位置付けられている。

本件土地は原告所有地のほぼ中心部に位置する(別紙図面参照。原告所有地はK1ないしK11、K1を順次直線で結んだ範囲である。)。

(二) 原告所有地は、昭和六一年当時、約六〇に細分化され木造の低層建物が乱雑に建築されており、借地人あるいは借家人が居住していたが、同年一〇月、原告は住友不動産と共同で、原告所有地上の借地権、借家権を全て買い取り、賃貸事務所及び賃貸住居用の高層ビルを建築することを合意した。

その後、住友不動産は、被告恒雄を含む約六〇名の賃借人と立退交渉を行ない、被告恒雄を除くその余の賃借人との間では、平成六年までに土地建物の明渡しの合意を得、平成九年一〇月までには明渡しが完了した。

(三) 被告らとの交渉の経過

住友不動産は、平成三年一二月二六日に被告らとの間で確認書を調印し、港区三田〈番地略〉所在の同社所有地を被告らに代替物件として提供することで基本的に合意したが、被告が「税金が全くかからない方法で代替地を取得させてほしい」と申し入れたため、住友不動産は、右代替土地の借地権を提供する方法を再提案したが、被告恒雄が拒絶し、最終合意に至らなかった。

なお、被告恒雄は、金銭解決に応ずるつもりはないが、よい代替地があれば明渡しに応ずるとの意向であった。

原告は、被告らを相手方として、平成四年に東京簡易裁判所に建物収去土地明渡の調停を申し立て、同調停において、原告らは、港区内に所在し、本件土地に借地権割合(七〇パーセント)を乗じた面積以上の代替物件を提供したが、被告らが拒絶した。

原告は、被告らに対し、平成五年に当庁に建物収去土地明渡請求訴訟(賃貸借契約の期間満了の時点における明渡しを求める将来給付訴訟)を提起し、同訴訟の和解手続の中で、代替物件として原告所有地の南西角地一二二平方メートルの所有権を提示したが、被告らが受け入れなかった。同訴訟は、平成六年八月二九日に、将来給付の訴えを求める適格がないとする訴却下の判決が言い渡され、確定した。

(四) 本件開発行為

原告らは、当初は、原告所有地の中央部分に一棟の建物を建築する予定であったが、中心部にある本件土地の明渡交渉の早期解決が困難な情勢となったため、とりあえず、本件土地を除外して、東側に地上三五階地下二階の住宅兼事務所棟、西側に地上七階地下一階の住宅棟の二棟の建物を建築することに計画を変更し、平成八年七月九日港区に対して開発行為の許可申請を行い、同年一一月一四日に開発許可処分がされた(本件開発行為)。

原告らは、右各建物の建築に着手し、現在工事中である。

(五) 原告らの必要性

本件土地を開発対象から除外する場合は、本件土地に通ずる幅員四メートルの道路部分をも対象から除外しなければならない。

本件開発行為においても、本件土地(152.47平方メートル)と道路部分(175.79平方メートル)の合計328.26平方メートルを開発区域から除外しており、計画では、二棟の巨大なビルの間の空地部分の中央部分に、木造二階建の本件建物とこれに通ずる通路が存在することになる。

このため、原告所有地の中心部分であり、かつ二棟の建物の間の空間部分の土地(本件土地と道路)を公開空地として利用することができなくなる。そこで、本件開発行為では、西側建物の一階部分に、公開空地の代替としてピロティ(オープンスペース)を設け、その結果、右ピロティに設けた方がはるかに居住者の利便になる駐輪場を、東側建物の地下一階に設置し、それに伴い、地下駐輪場への出入口建物(内部に階段・エレベーターを設置し、居住者が地下駐輪場から自転車・バイク等の出し入れをすることができる施設)を本件土地に隣接する公開空地部分に建築することを余儀なくされている。

他方、本件土地を開発区域に組込んだ場合は、本件土地及びそれに通ずる道路を公開空地として利用することが可能となるとともに、駐輪場を西側建物一階のピロティ部分に移設し、駐輪場への出入口建物を廃止し、同建物の敷地部分をも公開空地とすることができることになる。また、容積対象床面積及び総床面積として1313.04平方メートルが増加することになり、原告らは、東側建物と西側建物の間の公開空地部分の地下に二階建の事務所用貸室を増設することが可能となる。

この場合には、原告らは、計画変更のために、すぐにでも変更許可及び増築申請を行なう予定である。

(六) 被告らの本件土地の自己使用の必要性

被告恒雄は、司法書士であり、芝〈番地略〉に事務所を有し、同事務所から徒歩数分の場所に居住用建物として本件建物と三田建物を所有している。

なお、三田建物は被告らが昭和四八年に建築したものであり、本件建物は、昭和三五年に建築されたものを、被告らが昭和五一年に本件借地権とともに購入したものであり、右購入時に改築している。

被告らは、両建物に荷物を置くなどして適宜居住していたが、平成八年五月までは被告らの生活の本拠は三田建物にあったと認められる(被告らは、本件調停が申し立てた直後の平成四年一〇月に三田建物から本件建物に住民票を移したが、平成五年以降も司法書士名簿の住所欄に三田建物の住所電話番号を登載し続けており、なお生活の本拠は三田建物にあったと認められる。)。その後、被告らは、平成八年五月に被告らの長女夫妻に三田建物を賃貸し、以後本件建物で長男と三人で居住している。しかし、三田建物には右賃貸借後も長女夫婦のほか、被告恒雄の表札がかかげられ、平成九年の司法書士名簿の被告恒雄の自宅住所及び電話番号はなお三田建物とされていること、右賃貸借は親族間のものであることなどを考慮すると、被告らは、三田建物にも住所を有しており、かつ長女夫婦から三田建物の明渡しを受けることは比較的容易であると認められる。

2  以上の事実によれば、原告らの開発行為は、一応本件土地を除外して進められているが、本件土地は原告所有地の中心部に位置することから、なお各種の制約が生じており、同土地を開発区域に取り込むことにより、利便性が著しく向上し、原告所有地の有機的一体的利用がはかられることは明らかである。原告が本件土地を自己使用する必要性は未だに高いというべきである。

他方、被告らは、本件建物に現に居住しており、これを使用する必要があると認められる。しかし、三田建物を所有していることやその利用状況等を考慮すると、被告らの自己使用の必要性は、それほど高度なものではなく、原告の必要性を下廻るといわざるを得ない。

もっとも、原告の本件土地使用の必要性は、公開空地の増設等の点において公共性を有する側面がないとはいえないとしても、主として原告の経済的な利益の追求にあるから、被告恒雄に対して相応の立退料の支払がされることにより正当事由が具備されるというべきである。そして、その額は、本件土地の価格(甲二〇によれば、平成九年七月一日時点の更地価格は九二八〇万円程度であり、平成八年九月一五日時点においてはこれを若干上回る価格であると認められる。)及び前記認定にかかる諸般の事情を考慮し、六五〇〇万円が相当である。

二  争点2(本件土地の相当賃料額)について

本件土地の相当賃料額を認定すべき的確な証拠はないが、甲四一によると、本件賃貸借の賃料は昭和六三年一〇月分以降月額三万一八二〇円(年額三八万一八四〇円)に改定されたが、これは同年の公租公課の約1.9倍であること、それ以前の賃料額は概ね公租公課の1.5倍程度であったことが認められる。これらによれば、本件土地の平成九年一月以降の相当賃料額は、すくなくとも、平成八年の公租公課の1.5倍(年額五一万四八一五円、月額四万二九〇一円)を下回ることはないというべきである。

第四  結論

以上によれば、原告の本件請求は、金六五〇〇万円の支払と引換えに建物収去土地明渡しを求め、平成九年一月一一日から土地明渡済みまで一か月金四万二九〇一円の割合による賃料相当損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条、六五条を、仮執行の宣言につき同法二五九条を適用して、主文のとおり判決する(建物収去、土地明渡請求についての仮執行宣言は、相当でないので却下する)。

(裁判官瀧澤泉)

別紙物件目録〈省略〉

別紙図面〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例